平凡日誌

Webショップ「平凡」店主の日々の記録です。

晴れ、春

仕事をし、家に帰ると、外で猫の鳴き声が聞こえた。まさか、と窓を開けると、きゃつがいる。昨日のきゃつだ。私の姿を見て、きゃつは逃げる。

そいつの名は、凡豆。ぼんず。凡ちゃんだ。奈良にある古い自家焙煎珈琲屋の名前と、平凡の凡を取りまして、きゃつをぼんずと名付けました。まぁそんなことは後付けなんですけど。

ぼんちゃん、春なので、盛って鳴いています。寝てる姿は可愛いけれど、盛って鳴くのは眠れなくて困るのです。白に黒ブチの凡ちゃん。後頭部の模様がおかっぱの襟足みたいで、昭和生まれの私は大木凡人を思い出し、その凡でもあるな…と思いました。

今住んでいる貸家には濡れ縁があって、外からの目隠し用に使っていた白い布が風で落ちたままくしゅくしゅっと置いてある。いわゆる、放置。

しとしと雨降りの朝。居間でだらだらしていると、濡れ縁を歩く物陰。猫だ。しかもかなりでかい。そっと外を覗くと、そのくしゅくしゅの白い布のにおいをかぎ、なんとも当たり前のように丸くなった。あの、前足を仕舞い込んで水に浮かぶアヒルみたいな姿になるやつ。

なんだ、こいつは。いつからそこはお前の安住の場所だったのだ。白い布を片付けよう、片付けよう、と思っても何故だか片付けられなかったのは、お前の想いを私は感じていたからなのか!

…なんて、自分のものぐさを繊細な感受性に変換しつつ、どっしりと座り込むでかい猫をこそこそ見てはにやにやする。これぞ、幸せなり。

冬→春→冬→春

最近はずっと里見八犬伝を読んでいる。仕事もしながらだし、さすが30年連載されてただけあって長いし、なかなか進まない。でも読みはじめるといつも止まらなくなってずっと読んでしまう。

数話ごとに必ず人が死ぬ。だいたい一回に5人は死ぬ。戦の場面だと何十人も死ぬ。斬られたり、首が飛んだり、うっかり殺されたり、自ら志願したり。今日の朝も5人死んだ。こういう内容、今出したら不謹慎だ!とかなるんだろうか。命を軽く扱ってる!とかさ。まぁでも命ってなんなんでしょうかね、と思うし。きっとそれだけ身近に死があった時代だったから、特別でもなんでもなかったんじゃないかなぁという気がする。すぐ隣に死があるからこそ、エンタメとして気軽に扱えるというか。大事なことは目には見えないから、こうして自分の肌で感じることが大切なのだなと思う。

誰かのなんか良さげな意見より、昔の人もこうやって読みながらハラハラしたり、驚いたり、涙を流したりしたんだなぁというこの私の感覚だけが大事。皆生きていたんだなぁという実感。そして皆結局は死ぬんだ。今はただその間のあれこれ。時代が変わっても、感じる心は同じなんだという嬉しさ。当時面白いと思われた作品を、私も面白いと感じたことで、見えない人達と繋がれた気がする嬉しさ。

今日あたり、メルカリで買った明治版の里見八犬伝が届きそうでとてもワクワクする。ワクワクしすぎて胸が張り裂けそう。いつか江戸版を大人買いする日まで、にやにやしてそれを開きたいと思っている。

 

風強し

南総里見八犬伝、めちゃくちゃ面白い!タイトルからして難しそうで名前は知ってても避けていたのだが、なんと壮大な冒険ファンタジーなのだ!まさかこういう話だったとは…

舞台が戦国だし登場人物多いしバッサバッサ切られていくし自害するし首ゴロゴロ転がるし、難しい節回しや言葉もある。でもこれって舞台が違うだけでスター・ウォーズと同じ感覚なんでは?(観たことないけど)。今読んでる部分には少しドラゴンボール味もある。

こんなに面白いとは思わなかった~現代語訳の訳し方もいいのかもしれない。でも、これは日本人としては原文で読んでみたい。調べたらいい本があったので図書館で借りたい。

本文もいいんだけど、前書きと後書きに毎回馬琴さんが愚痴のような言い訳のようなことを書いてくるのがとても好き。続きはいかに!という物語の終わりのすぐ後で、話長くなりすぎたから深く書けないけど皆察してくれ、つっこまないでくれ、みたいな馬琴さんの言葉ににやにやが止まらない。その格好つけない感じ、大好きだ。

これが江戸のベストセラーなんて、皆読んでたなんて、やっぱり最高江戸。鬼滅の刃(観たことないけど)が第一位!みたいなことと同じなんだろうか。と考えると、昔も今も実はあんまり変わってないのかもしれない。もっと皆読めばいいのに。いつか、あの本屋で、南総里見八犬伝草双紙全巻セットをさらっと買えるぐらい、出世したいもんだ。

洗濯日和

昨日一昨日と、東京に行ってきた。目的地はとある蕎麦屋ととある飯屋で、それ以外は特に何も決めていない。ひたすら気が向いた方へ歩く、歩く。

最初に向かった神保町で草双紙専門の店を発見。入ると天井まで積まれた草双紙の山!静かに興奮しつつ、何百年と経っている本がずらっと裸で並んでいるだけなのでどうしたらいいのか分からず、店員さんに聞くと自由に開いて見ていいと言う!最低でも八千円ほどから、十万円以上の値がついた本まで澄まし顔でこっちを見ている!触ると今にもホロホロと砂になってしまいそうな本をそっと手に取り、開くと、版画の凸凹も鮮やかな色彩も虫喰の穴も目の前に広がる。なんという幸せ。南総里見八犬伝全巻セット!なんてものもあって、まるでBOOK・OFFだわ…と思いながら、現世のBOOK・OFFとは桁が違いすぎて何も手に入れることはできなかったが、実際の草双紙に触れることができた奇跡に興奮。

その翌日には青山霊園に眠る岡本綺堂さんのお墓にご挨拶しに行き、その帰り道偶然滝沢馬琴終焉の地(看板があるだけで現在は日高屋)を見つけた。ご縁を感じたので南総里見八犬伝の現代語訳版を読み始めたが面白い!約30年かけて連載されたということで、江戸の本は正月に一度に発売される方式だったから、まるで男はつらいよじゃないか。寅さんは一話完結だけど、一年間次の話を待つということを考えると、それだけで江戸時代の時間の感覚が理解できる気がする。

あぁいつかは黄表紙を手に入れて、じっくり読解しながら読みたいなぁ…鞄から草双紙を出して読む人なんて、なかなかいなくて面白いよね。そんな旅から家路につくと、あそこも行けばよかったなぁとか思うんだけど、地味~な偶然の繋がりや、感覚を開かないと気が付けない静かな喜びがある江戸ぶらり旅は、やればやるほど癖になる。あてもなくさ迷い歩いて、今いったい何処にいるのだと道端の地図を見なかったら、馬琴さん終焉の地に行くことなんて一生なかっただろうし。

今日は一日、南総里見八犬伝を読むことにする。

暖かい

私には霊感はない。しかし、仕事先には絶対にいると感じる出来事に沢山遭遇したのでぜったいにいる。そのせいもあるのか、毎回大量の人が来る空間に身を置いているせいか、春になるからか、気分がどんよりしてしまってここ数日がとくに激しかった。

昨日いつも通りに朝家を出て仕事に向かう道中、たまに利用するコンビニに入った。そこは朝、体の大きいインド人の男の子がレジをやっていて、厨房担当のおばさんが1人いるというようなシフト。その日も男の子が1人レジで、のんびりしたおばちゃんがお惣菜を品出ししていた。

先にレジをしている人がいたので、順番を待とうとすると横からおばさんが割り込んできた。仕事柄、おばさん嫌悪が甚だしくなっている私は、イラっとして声をかけようかと思ったが、まぁ時間あるしいいかと心で舌打ちをするにとどめた。なかなかレジが終わらず、前のおばさんは明らかにイライラしていたが、奥から品出しのためちょこちょこ顔を出すおばちゃんはやはりのんびりしている。

先にお会計をしている女の人の背中に乗るんじゃないかというぐらいの距離まで前のおばさんが近付いたとき、レジが終わり、タイミングよくおばちゃんもレジに入った。おばさん嫌悪の私は少し恐怖心を抱きながら、おばちゃんのレジへ。

カフェラテを頼むと、おばちゃんはカップにスリーブを着けた。いらないので断ると「でも熱いでしょ?」と自然に聞いてくる。まるで小さい頃から知っている近所のおばちゃんの様に。予想外の流れに戸惑いつつ「それつけると車の飲み物いれに入らないんです」と笑って言う。「そうなのね~」とおばちゃんも笑うと、急に「チョコいる?」とポッケからパンダ柄の小さなチョコを出した。予想外の展開に戸惑うも受け取ると「ありがとね~」と笑うおばちゃん。小さい頃、親と出掛けた先で知らないおばちゃんからお菓子をもらった時のような、なんだか自分が子供になったような気持ちでお礼を言って外に出た。

人間に疲れきった私に神様が天使を送り込んできたかのようで、ささくれた心にしみてしみて、運転しながらちょっと泣いた。あのまま割り込みおばさんにイライラして声をかけて順番が先になっていたら、その一瞬のイライラはすっきりしたかもしれないが、この展開には巡り合えなかったんだと思うと、自分の思い通りにしたくなったり、得をしようとしたり、自力でどうこうしようなんてことはちっぽけでつまらないことだと感じた。

コンビニでカフェラテ買ったらパンダのチョコもらえるって、誰が予想できただろう。そういう人生の面白さをすっかり忘れていた。まぁ、仕事先のトイレのドアノブが内側からぼろっと取れて閉じ込められるなんてことも、誰も予想できはしないけど、思いもしない嬉しい驚きが訪れることを塞き止めないように、リラックスして自分を開いて生きていきたい、と感じた出来事だった。

いい天気

昔から、イギリスの俳優さんやドラマが好きだった。BS放送が家に導入されたときに放送されていた海外ドラマだったと思うけど、名探偵ポワロが特に大好きだった。

時代は変わり、好きな時に好きなように動画を観られるようになった今、YouTube名探偵ポワロテレビシリーズを編み物のときに観ているのだけど、本当に面白い!主人公ポワロはもちろん、相棒のヘイスティングスの天然ぷりや、秘書ミス・レモンの几帳面さや、スコットランドヤードジャップ警部の大将っぷりが魅力的すぎる。吹き替えの俳優さんも本当にはまってて、たぶん字幕で観てたらここまで好きになっていなかったような気もしている。

放送された話は全部見たと思っていたら、まだ未視聴の回を見つけて興奮!そして、4人の個性が大爆発なうえにラストのミス・レモンが格好よすぎて神回というのはこれかと思う。

昔、男はつらいよ大好き仲間の友人と職場の人達を集めて男はつらいよ上映会を開いたら、思いの外うけが悪くてびっくりした経験があるため、この面白さを分かる人は少ないのかもだけど、4人の仲良しの距離感を観ることがとてつもなく私の心を癒してくれる。特にミス・レモン大好きだぜ。ミスとかつけるのは差別だ!的な世の中なんかわたくし知りませんわ、ぐらいな存在感のミス・レモンが大好きだ。