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最近、宮沢賢治をまた読みたくなり、本棚にあった見田宗介『宮沢賢治 存在の祭りの中へ』を再読し始める。大好きな作家が大好きな作家を考察するという素晴らしい本。その中でグサッ!っと刺さった詩の一文。
「意識ある蛋白質の砕けるときにあげる声」
とし子(トシ)さんの死にたいして書いたひとつの詩の中の言葉。私も、あなたも、生物は全て『意識ある蛋白質』。なんとも、冷たくも温かくもある余計なもののない真っ直ぐな言葉。自分という呪縛から解き放たれるような感覚。
これから「あなたはいったい何者ですか?」と聞かれたら、「はい、わたくしは意識ある蛋白質です」と答えよう。
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ふと聴きたくなって、ミッシェルの初期3作を流しながら車を運転する。
16才からの私はミッシェル漬けで、初めてファンクラブに入り、登下校自転車を漕ぎながらずっと聴いてた。CUTIEのインタビューとか切り抜いて机のビニルシートの下に挟み込んだり。深夜の音楽番組で初公開されるG.W.DのMVを録画するために、デッキの前で体勢を低くかまえ、指先に全神経を集中させ、CMが明けるのを虎視眈々と待ったり。居間のテレビを占拠して、横浜アリーナのライブビデオを爆音で流して畳の上で躍り狂ったり。
調べたら、今年デビューから30年だそうな。随分と年を重ねたもんだけど、全然生きるのに慣れない。大人のくせに大人の世界でうまく生きれないんだよなぁどうしたもんか、と思う。何かに対しての恥ずかしいという感覚。
でも待てよ、あの頃の自分に会えるとしたらどうか?私は恥ずかしいのか?いや、全く恥ずかしくない。むしろ、こんな面白い生き方してるぜ!ミッシェル好きになっただけあるだろ!って、胸張って会いに行ける自信がある。うまく生きれてはいないけど、あの頃の自分を裏切っていない自信は100%ある。だから絶対大丈夫だ。そんな10代の自分に会うために、ミッシェルが聴きたくなったのかもしれない。
アルバムを聴き返して、ブルーナイロンシャツ好きだったなぁと思ってYouTube貼ろうとしたら、最近なんかのドラマで流れたらしくてケッと思ってやめた。別にいいんだけどさ、ケッ。
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全く書いてない上に、書いても見た夢など個人的な話なので、近頃の平凡日誌は誰にも読まれていない。少しほっとする。
最近は、仕事の関係で満州に興味がわき、図書館で満州や日清日露戦争についての本を借りて読んでいる。そういえば学校で習ったなぁという単語が出てきたりするけど、全く学校に興味がなかったので本当に何も覚えていない。そして明治維新後の歴史はなんだか生々しく恐怖感しかなくて避けてきた。無知すぎる自分が一番怖い。
やっぱり学びというのは、知りたいという自分の欲求がないと意味ないし、江戸好きとしても日本人としても、明治維新後の世界を知ることはとても大事なことだなぁと読んでて思った。仕事で関わらなかったら全く知ろうとしなかっただろうし、なんで心に引っ掛かったのかはさっぱりわからないんだけど、これも運命ということだろう。
物事に対する捉え方は人それぞれあって何がいいとか悪いとかはないし、そもそも本に書かれていることにも書いた人のフィルターがあって、その本が参考にした文献にもフィルターがかかってて、残された資料にも片寄りはあり、資料に残されていない事実もあったはず。同じ出来事でも立場によって真逆の意見になったりもするし、時代によってもころっと変わる。同じ土地に生きた人でもAとBがあったという人もいれば、Bの存在を知らなかった人にとってはBはそもそもなかったことになるわけで。そして一番邪魔なのは、自分が持っている、現象としての世界に対する分厚いフィルターだったりする。
戦国時代とか外国とかには(今のところ)興味がわかないので、私にとって存在すら知らない人も出来事もいっぱいある。現在進行形でも沢山ある。無関心はだめだ!なんて声も時々聞こえてくるから、冷や汗をかきながら己の存在を消したりする。でも人それぞれ、興味のあることがあって、それぞれにそれを学んだり知ったりしている。誰かが知りたいことは、誰かの無関心だったりする。それぞれの個性の中で、それぞれが出会った興味関心で得た何かを、それぞれの生活の中で表現していくこと。その無限大の面白さを面白がれる人でありたい。
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たまに思い出す、もう2度と会わない人。
インドの花売り。バスターミナルに停まっている出発前のバスの中を練り歩き、籠に入った摘んだばかりの鮮やかなピンクの花を売る10才ぐらいの小さい体の男の子。
インドにびびってる私は、目があったら売りつけられると思って外を見るふりをしていた。でも心の中は、日本では見ることのない、綺麗な花を売る少年の姿を見たくてたまらなかった。
私の乗るバスをぐるっと回り終え、そして誰も花を買うことはなく、降りるだろう男の子の方へ顔を向けると、その子は私の前に来てピンクの花をひとつ差し出した。大きくて綺麗で真っ直ぐな目と、人懐っこい笑い顔。買わない、買わないよ!と言う私の手に花を乗せて、男の子は笑顔で颯爽とバスを降りた。
手の中の、輝くように鮮やかな花を見ながら、あぁなんて私はみっともないんだろうと思った。そして、なんて美しいんだろう、と思った。遠く小さくなる男の子の姿を目で追いながら、バスが走り出した。
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Spotifyで私の年間ベストみたいのが勝手に作られていて、一時期すぽっとはまって聴きまくってたミスチルの深海がNo.1だった。いかんいかんと思って、部屋の模様替えをしながら、久しぶりにお気に入りプレイリストを流す。お気に入りプレイリストとは、Spotifyからおすすめされたアルバムを適当に聴いている中でいい曲だなと思ったものをポチポチして勝手に出来上がったもので、アーティスト名や曲名はもちろん、聴いたことすら忘れているものもある。でも全部、私が好きな曲の宝箱プレイリスト。今現在、120曲ほど。
その中で、今日の自分にしっくりきた曲を貼る。たらりとした曲も好きなんですよねぇ。音楽っていいねぇほんとに。シャッフルでかけていて、急に微笑みの爆弾が流れるとちょっとびっくりする、私のお気に入りプレイリスト。