平凡日誌

Webショップ「平凡」店主の日々の記録です。

暑いぐらい

今日で二月も終わりだ。

最近はまっていることは、何かしようとした時に、何もしないことを選んで、じっとどうなるか観察する練習をすること。

会話のない沈黙とか。仕事辞めちゃおうかとか。衝動的に買い物したくなったりとか。

何かしなければ、変えなければ、どうにかしなければ、と動き続けていた物事。しかし、過去を振り返って、どうにかした後にどうなってたか?またどうにかしなければのループに入ってただけではないか?

どうにかしなければの渦中は、とても怖い。動かなければどうにかなっちゃうのではないかと思う。焦る。どうにか、こうにか。怖さから逃げる。逃げた先に、また現れる。∞。

その怖さの中にじっとして、なにもしない。するとどうなるかを、怖いけど観る。その練習をひたすらする。何かしちゃっても反省しない。それはそれで仕方ないのだ。

怖い怖いの奥にあるのは、幼い自分だ。鍵をかけて閉じ込めた小さな自分。怖さを感じないように鍵をかけたのだ。怖さの中に立つことは、扉の前に立つこと。怖さを観ることは、扉を開けて中を覗くこと。すると、怖い怖いと呟く子供の自分がいる。その怖さを感じることは、その小さな自分と会話をするのに似ている。

感じる。どうにかしようとしないで、そのものを感じきる。そのことが今の自分にとても必要なことだと思って、日々練習している。